SPARKILLING

作家志望の発達障害/統合失調症者が展開する文章世界!

「出木杉くんと勇者を夢見る村人A 」精神科病棟収容日誌(5)

収容第4日 2017/6/3


1


 昨夜、私は不安定状態に陥り、抗精神病薬リスパダール液剤を頓服として服用した。
 その理由は食事の際、偶然に遭った就労支援事業所の後輩からこう報告されたからだ。
「私は六月末で事業所を辞める事になりました。一般就労が決まったので」

 


2

 

 私は一応のところはその場で取り繕って、「そうですか!おめでとうございます」と元気良く返したけれども、揺り返しがやって来た。その後輩は私よりも事業所のキャリアはかなり短く、勤務時間も同様だったのだ。現実が私へと迫って来る。
 自分の心内では、こう言った声が反響した。
「私は一年以上に亘って就活を行っているのに」
「何で自分は成果が出ないのか」
「やはり何をしても無駄だ」
 これは前々から嫌でも知っていた事なのに、と言う思いと、只でさえ就活が進まずに潰れた現状が自分の中で混ざり合う。結果、私は均衡を崩してしまった。


3

 つい先程、以前から世話になっている診察医が私の病床へと訪れた。彼はこう話す。
「大和さんの病気の本質は、“状況が駄目になった時、それが自分の生死に直結する事”にある、と思う」
 それは的を射ている。確かに私は何かが崩れると、連鎖して「自分などは死ぬが良い」と直情的に考えるのだ。この医師は観察眼が鋭いと思う。更に、「だからあなたはこうすれば良いですよ」と提案を具体的に残していかないところも、彼らしいと思った。
 この診察医は、他の病院にて私を担当した際、「この人は放って置くと危険だ」と判断したらしく、現在の病院へと私を紹介した経緯がある。そうされなかった場合、私は本当に死んでいたと回想する為に、彼は誇張が無く表現が出来る、「命の恩人」なのだ。
 けれども恩人の割に、「生と死に直行するのが病気」と明言してしまうのは、一種で思い切りの良い人間だとも思う。一方で、それを分かっていながらも死へとひた走ってしまう自分も、中々の分からず屋だ。


4

 しかし、「生と死」の二択以外に、危機へと直面した際は何を模索したら良いのかも、私は分からない。これは考察するべきテーマだと言える。
 私の現在に持つ考え方を記す。
 何かが崩壊すると、自分を取り囲む全てが同様に崩れる未来を連想するのだ。それは留まる点が一定せず、破滅的そして危機的状態に及んでからやっと、自己を取り戻そうと足掻き始める。
 この繰り返しで、何とか今までの自分は保たれて来たのだが、医師はこうも告げた。
「あなたの生き方だと、これまでの何処かで破綻していておかしくは無かったよね」
 現在、この瞬間も私は破綻の寸前だ。


小話

 この医師は外見も整っていて、話も分かり易く理知的で、何もかもが揃っている「出木杉くん」の具現化した存在だ、としか言い様が無い。一方で彼は、「大和さんの文才は物凄い」と評価を下す。
 出木杉くんに凡人の村人Aがそう言われても困惑する。私が伝説の勇者へと変貌する日は来るのだろうか。