SPARKILLING

作家志望の発達障害/統合失調症者が展開する文章世界!

「被虐の家」WE AREN’T THE ROBOTS-(1)

『The Robots』 Kraftwerk
作詞:HUETTER RALF
対訳:大和柚希

 

我々は充電中である
そして今、活力に満ちても居る
我々は機械である

我々は意識を失くして動く
そして意味も無く踊っても居る
我々は器物である

俺はお前の奴隷だ
俺はお前の下僕だ

我々は造られた行動を取る
それは皆の要求する事である
我々は機械である

我々は意識を失くして動く
そして意味も無く踊っても居る
我々は器物である

俺はお前の奴隷だ
俺はお前の下僕だ

我々は機械である


大和柚希の解釈


 本来、「我々」は意識なり思想を持つ。けれども、「皆」がそれを抑圧する為、「我々」は自我を喪失させられている。結果として「我々」は、機械/器物だと「皆」によって断定/自称せざるを得ない現状にある。
 けれども、空虚から活力を充たしつつあり、行動が可能な現在も「我々」に存在する。
 つまり、「皆」とは自己と対立する存在であり、それに反抗する思想を秘めたプロパガンダ的歌詞と位置付けられる。

 

「当たり前だろ!意図的に優しくしているのだから!」


 固い内容を書いてしまいました。私は出自が哲学の為、ご容赦を頂きたいと思います。考えるだけ考え込んで、自爆するのが通常の例なのです。
 この歌詞を何故に「被虐の家」で取り上げるのか。あなたはロボットみたいだった、そう言われていた自分の姿を書こうと思うからです。ロボット、正確には自動録音機、と過去の私は相手に称されました。
 私の第一印象は、その人にとってはこうだったそう。
「女性の自動録音機が喋っている!」
 気味が悪いです。私は表情が無く、声も抑揚を失い、話し方も平坦だったと自覚しています。自分でもそう分かって、その時、相手へと接していたのです。
 行動の目的は何か、と言うよりも、そうせざるを得なかった理由は何か、と問われた方が私にとって答え易い。理由は、自分以外の存在、それは他者であり世界であり万物であり、全てを完全遮断しなければ、私は壊れると判断したから。従って、頭の中で話す内容を作成して記録し、音声と変換していたのです。自動録音機、とは本当によく言った表現だと思います。
 私は大いなる嘘を吐きまくる達人です。文章に関しては、小説以外は本当の事を書いているのですが、普段に生活を営む上では、自己に都合の良い嘘ならでっち上げます。

相手「大和さんは優しいよね」
私「そうですか、ありがとうございます」
私の本心(当たり前だろ!意図的に優しくしているんだからな!)
私の意図(敵を少しでも減らす事に因り、自分に生き易い環境を作ろうと必死である)

 そう言った訳で、自分はほんの少しも優しくありません。超絶に打算的です。けれども、大抵の他者にその一面は隠します。出しません。優しさを見せないのは、本気で私を怒らせた相手だけなのです。
 私は基本的に、通常は「穏やか」と評されます。心の中は地獄の烈火が燃え滾っている状態ですが、こちらも嘘を吐きまくり。烈火は無理に消火活動を被り、表面は涼しい顔で取り繕う毎日。その為にフラストレーションが溜まる現状は留まりません。笑い掛けながら「いつこいつを殺そうか」と日常的に考えます。けれども、日本に警察や刑務所、法律が存在する限り、そう言った事はしません。若しくは自分に理性がある限りは。
 この様な私が最も機械的に処理している相手は何か。
 弟です。
 正確には、弟の、記憶。