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作家志望の発達障害/統合失調症者が展開する文章世界!

第四談 精神科医「こう言っては何だけれども」ー(7)レクイエム・フロム・ノマド

ーそうこうしている間に、入試本番は迫りますよ。
 はい。正月が明けてからは一月二日から自習室に自主缶詰状態。元旦の翌朝、からなので、真の正月明けです。
ーあなたの学力や、成績の合否ラインは自分で把握していたのですか。
 一度、模試を受けた以降は、自分の独断と偏見に因りました。もう、模試すら受けられない精神状態に陥ったので。

 
ー人が怖かったのですか。
 それもありますが、この時期になると、一日を試験で潰す事が勿体無かった。大検に合格したのが九月で、入試本番は翌年二月。正味で四、五か月しか自分には残りがありませんでしたから。時間が貴重過ぎたのですよ。
ー浪人しようとは考えなかったのですか。
 いいえ。この緊張状態を早く片付けたかったですし、それが長続きしない事も分かっていました。今回、合格しなければ、自分は駄目になる公算が大きい、と。
ーならば、強迫的とも言える様子で毎日を過ごしたのでは。
 そうです。当時の勉強方法はそう言った観念とか、神経に圧されなければ実現しなかったでしょう。自分でも、頭がおかしくなる、と感じながらノートと問題集を睨み付けていました。
ー疑問ですが、独学で壁に当たることは無かったのですか、分からないとか。
 分かるまで向かうしかありません。壁に当たるのは勉学の宿命ですよ。でも、私の受験科目は、国語、英語、地理、と暗記科目で占められていた。分からないと言うより、曖昧だった感じです。
ー国語は感覚が必要ですから、苦手な人は本当に苦手ですが。
 幸いにも、私は感覚がありました。現代文は殆ど、対策をしなくても苦労せず。古文と漢文についても、講じた対策は少しでした。
ー英語はどうでしたか。
 こちらも言語科目なので、感覚と文法、知識があれば基本は大丈夫だと判断しました。後は速読力を身に付けるのみ。
ー地理については。
 手を焼きました。大検で受けたものと、大学入試の地理のレベルはかなり開きがあります。基礎から頭に詰め込み直し。高校では一切、地理に関する単位も取っていませんでしたし。
ー単位と言えば、大検で国語と英語も受けていましたね。
 はい。高校でこの二科目も必要な単位が取られなかったみたいでした。成績は悪くなかったのですが。寧ろ、偏差値で言うならば、全国模試で七十二とか取っていた。
ーでは、成績面では無くて、出席面で認可されなかったのでしょうか。
 恐らくはそうでしょう。理系コースに居たのに、教師からは文系コースへ移る様に言われていましたし。私は本当に無理ばかりしましたね。自分の適性を考えなかった。
ーならば、国語と英語は記憶云々の前に、素地が出来ていた。
 自分の学力の事なので、把握は難しいです。
ー記憶ですが、日常的な部類のものは戻って来ましたか。
 いいえ。勉強は、考えに伴う頭痛を我慢しながら向かっていた。その他に消費するエネルギーは、ほぼ、残っていませんでした。
ー御家族は、そう言ったあなたの姿をどう捉えていたのでしょう。
 通室費を出す程度で、他は関わって来ませんでした。弟はもう、顔も見ない状態。声も聞こえない。
ーあなたの孤立が、家の中でも続いていたのですか。
 私自身が「近付くな」と言う雰囲気を発していたので、怖がられていたのだと思います。加えて、当方は生粋の精神病院帰還者ですし。
ー御家族は精神科に偏見がある、と言う話でしたよね。
 それも一因で、家の中で私は異質になってしまった。頭の中でいじめの記憶が戻らなかったのは、記憶障害の恩恵ですね。
ーでは、いつ、気を休めていたのですか。
 余裕を持つ余裕すらありませんでした。常に、何かから追い立てられて逃げる感じ。勉強も、私にとっては一種の現実逃避でした。これ以上に、人生が悪化するのは耐えられない。目を逸らすには、大学に目を向けるのが一番に前向きで、現実的でした。
ー実を言うと、大学は逃避の対象だったのですね。
 モラトリアムを求めていたのかも知れません。到底、仕事が出来る状況ではありませんでしたし。
ーその割には、哲学と言う具体的な目標を持っていましたが。
 こちらも本音を話すと、哲学は副次的な存在でした。一番には大卒、と言う称号が欲しかった。
ー大検や、今で言う高卒認定は、学歴ではありませんからね。
 はい。これらはあくまで資格です。しかも、高校を卒業していない、と言う条件を満たす者だけが手に出来る。見方を変えると、強ち差別対象にもなり兼ねない。
ー自分には後ろ暗い過去がある、と言う無言の提示。
 そうですね。私はストレートで大検に合格したので、凄いね、頑張ったね、と言われる事が多いですけれども。反面で、こいつ駄目だ、と判断される事実もあると思っています。
ー大学は、入った後に卒業すれば、誰でも同等の扱い、と聞きますが。
 では、何故、私は今でも人生の貧困に喘いでいるのか。それを問いたい。