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作家志望の発達障害/統合失調症者が展開する文章世界!

第四談 精神科医「こう言っては何だけれども」ー(1)自分に残されたもの

久留米大学病院へ転院するまでに、どう言ったいきさつがあったのでしょう。
 先ず、松岡病院を退院しました。見張り付きの死者の収容所、と大差が無い雰囲気を感じて、嫌悪感情が沸騰したので。電気拷問の事はなるべく言わず、肺の状態が良くなったら、即刻で退院の希望を述べました。
ー自分の記憶が失われた事は、医師へ積極的に言わなかったのですか。
 私は主治医が誰かも把握していない状況でしたからね。言うだけ無駄で話が面倒になる、と考えました。

 
ー御両親は、退院する娘をどう迎えたのでしょうか。
 私の感想ですけれども、全く嬉しそうで無かった。「厄介者が戻って来た」と言った感じですね。可能ならば、一生を病院で過ごして欲しい、とも取られる位に。
ー弟さんは、高校へ入学が決まっていましたね。
 はい。私は同時期に中退しましたが。当時の担任と教頭が直接に家へ来て、「他の生徒の悪い手本になるから、中退してくれ」と懇願して来る始末。もう辞めるしかありません。自分は人間扱いされるべき人間では無いのでしょうか。
ー姉が中退した高校へ入学する彼の内面は、複雑だったのでは。
 きっとそうでしょうね。金銭に余裕があったのだから、私学を選ばなかったのが疑問です。推薦入試で合格してしまった為に、入学先を変更が出来なかった現実があったのでしょうか。
ーそれは、弟さんも可哀想ですね。
 いいえ。彼が志望校を決める時点で、既に私は具合が悪くて手首を切っていました。それを分かっていた上で伝習館を選んだのか、姉を本当に無視したのか、又は弟に自己判断能力が欠如していたのか。
ー自己判断能力。
 彼も両親にプレッシャーを掛けられていたのでは、と思います。姉が駄目になりそうだから、お前が家業の動物病院を継げ、と。獣医を目指せる学校は、実家の近くだと、公立中学生には伝習館が最も現実的でしたし。
ー彼も親に言われたから、と言う事情を考えているのですね。
 私も同じ様な経験をしましたから。想像に難くありません。
ーしかし、合格したとなると、入学式を迎えます。
 それで私は完全なる自棄を起こしました。退院した後にも大学進学を諦められず、問題集に向かったりもしたのですよ。でも、分からない。記憶を喪失した人間がそうなっても、何ら不思議はありません。この事情も相まって、もう私は終わったと判断しました。
ーそれは、そうかも知れませんが。
 ただ、救われたのは、現代文のみが私に残っていた事です。
ー現代文。
 読み書きだけは、辛うじて出来たのですよ。集中力もありました。そこに掛けようと思った。だから、入院した大学病院では、先ず、本を読み漁りました。