SPARKILLING

作家志望の発達障害/統合失調症者が展開する文章世界!

第一談 同級生「消えればいいのに」―(2)消えたので探しようがありません

ーあなたにとって、現実は逃げたい対象ですか。
 逃げたいからこそ、過去に自殺未遂なり、自傷行為なりを繰り返しています。
ーその原因は何でしょう。
 私は過去の記憶の大部分が無いので、答えようも無いです。ただ、ある時点から、常に死にたいと思っているのは確実だと思います。原因はその時点に起こった事にあるのでは無いでしょうか。
ー当時の記憶を手繰り寄せられますか。
 いいえ。今、私が受給している障害年金の申請書には、「学校で男子生徒とのトラブルがあった」のがこの人の調子を崩した根本だ、と書かれていました。これは本当なのでしょうか。私は断然、女子と上手く行かないのですから。


ー女子同士は人間関係が複雑ですよね。
 はい。誰かに付いて居ないと、つまり集団で居ないと異物扱いされる。大学や社会は、必ずしもそうでありませんが。
ーあなたは異物扱いされていたのですね。
 そうです。最初は「は?何でこんなのに笑って付き合わなければならない訳?」と思いながら、表面を取り繕っていました。他者に媚を売っている状態。中学生の時、嫌になってそれを止めたら、異物に変化した。
ー変化してから、どうなりましたか。
 私個人の気分は、一瞬だけ爽快だったのですが。けれども結局、学年を挙げて無視され、陰口を叩かれる状況に。この時、私は初めて登校拒否を行いました。
ーそれは所謂いじめの構造ですが、先方は拒否行動に対して動揺しませんでしたか。
 いいえ、面白がられましたね。あろう事か道徳教師が私の家まで来て、学校の生徒相談室に私を連れて行きました。その様子を同級生に見られて、更にいじめが激烈になったと言う。
ー「あいつ告げ口しやがった」、みたいなものですね。
 この場合、結局は子供の世界に帰結しますからね。子供は大人によって罰されるのに恐怖しているのですよ。そう言った心理が、状況に油を注いだのでは無いでしょうか。
ーとなると、あなたはその教師に感謝をしていない。
 はい。もう放っておいて欲しかった。別に中学の勉強は独学で分かるものですし。内申点の関係が無い私学の高校に行くならば、不登校でも何ら問題は無いと思っていました。
ーけれども、あなたの出身校と言うか、中退校は県立高校ですよね。
 そうです。今でもこの選択は後悔しています。私学と公立、どちらに進んでいても、私は結局、駄目だったでしょうけれども。
ーどうしてですか。
 いじめられた上で、周りを見返す為だけに勉強していたからです。成績が良かったと言うか、学年首位を争えた力は、意地で構成されていた。それは長続きしません。
ー子供心に、なりたいものとか、夢は無かったのですか。
 ありませんでした。夢は持つだけ愚かだとすら思いましたから。一瞬だけ、薬剤師になりたかった時期がありますけれども。
ー薬剤師。
 私は当時から病院に通って、服薬していたので、その関連でしょう。高校の教師は、私に対して国立有名校か医学部、果ては東京大学へ行けと言っていました。それとは別に、私の父親は獣医師ですから、お前は獣医学部に行け、と。揃って周りの要求が高過ぎます。
ーあなたの能力を見込まれたからこその要求ではありませんか。
 さあ。当方は見返す為に、つまり自己実現の為に勉強しているのに、周囲がそれぞれの望みなり展望なりを押し付けて来る。もう訳が分からない。
ーそれは、あなたが高校へ行かなくなった根本ですか。
 はい。全てが白けて見えました。
ー精神的な落ち込みに思えます。
 精神の状態に関して言うと、中学から不眠症状がありました。布団に入っても眠れず、気付いたら朝が来て、いじめられる舞台に立たなければならない。追加して拒食状態。それを繰り返す。中学時代の私の本質です。
ー高校ではいじめられなかったのですよね。
 実際の所、よく分かりません。皆の焦点は成績と進学先にありましたから、無関心の要素が強かった。「自分さえ良ければ他はどうでも良い」と言う雰囲気が強くありました。私はそれに耐えられなかった。ここでも強烈な疎外感に襲われたものです。
ー高校側はその気持ちを助けてくれなかったのですか。
 いいえ、全く。寧ろ、価値を持たないゴミ扱いをされました。実名を出しますが、福岡県立伝習館高校、ここは最低です。中学生諸君に「この学校は行くな」と警告したい。
ー最低。
 はい。遡りますが、中学時代に不眠の事を内科で話したら、自律神経失調症と言われました。それが高校では不安神経症抑うつ状態、最終的には統合失調症と変化したのですよ。しかも、背景が精神科に移った上で。そう言った人間を形成した学校を形容するならば、最低としか言葉が無い。
ー御家族もあなたを助けてくれなかったのですか。
 こちらも望み無し、です。父親に至っては、学校に行けない私にこう発しましたね。「今度『甘えの構造』と言う本を買って来るから読んでみろ、お前の事が書いてある」。多分、彼は私が甘えていると言いたかったのでしょう。未だに私はその本を見た事すらありません。興味が無いので。
ーあなたには弟さんも居ましたよね。
 彼に関しては、死んだと同然に捉えています。私が彼に殺されたと言っても良い。
ーどう言う事ですか。
 私が精神科に通って、手が薬の副作用で震えているのを彼は見て、両親にこう告げたそうです。「姉が気持ち悪い。もう近付きたくない」。私は精神を殺された代わりに、自分から弟の存在を抹消しました。観念上の殺し合いですね。
ーその頃の、あなたと弟さんの年齢は幾つですか。
 私が十六歳、弟が十四歳。高校生と中学生です。私はそれからの彼の姿を全く知らないですし、連絡先や現況も同様。彼が獣医師になったとは数年前に聞きましたが。
ー弟さんは優秀だったのでしょうね。
 勉強が出来ただけではありませんか。彼の人間性はゴミ以下、自分以下だと私は思いますけれども。手が震えた程度が何だよ、と言いたい。中学生が恐怖するならば分かりますが、大人になってもその姿勢を崩さないのは変です。
ー彼はどう対応すべきか困っているのでは。
 そう思いたいですが、もう関係の修復は無理ですよ。私は彼を軽蔑しています。
ー障害者の姉に軽蔑される、健常者で獣医師の弟。
 これは声を大にして言いたいですけれども、学歴や資格で人間は決まりません。何故ならば、うちの父親も獣医師で、母親は保健師ですから。彼等の人間性もやはり、私以下です。
ー肩書はエリートの彼等ですが、そう決めつける理由は何ですか。
 一つ挙げるとすれば、弟と私の和解が実現されなかったからです。親の癖に何をしていた、と私は思います。
ーしかし、周囲の気持ちも汲まなければ。
 通例はそうですよね。けれども私は、それに否と言いたい。何せ、うちは家族関係のみならず、関係の構造もおかしいですから。
ーどうなっているのですか。
 実家に居た頃の話ですが、弟と私を引き離す行動を両親が行う。しかも積極的に。「弟が今リビングに居るから、お前は部屋から出て来るな」と言う台詞を毎日の様に言われ、挙句の果てには、私が開けかけた扉を力尽くに親から塞がれました。
ーそれは凄いですね。
 家庭内別居を促進しているとしか捉えられないですよね。子供部屋はシャワー室と洗面台まで作り付けてありました。金があると碌な事をしない好例です。家が歪だと、家族関係までそうなります。
ーあなたから御両親に何か、働き掛けはしませんでしたか。
 いいえ、何も。諦めていましたから。友人と最近、こう話して互いに驚いた事があります。「親にこそ甘えるべきだが、大和さんはその状態で良いのか」「え、親とは甘える対象ですか」。私にとっては、友人が何を思っているか、疑問です。
ー家族と言う共同体が成り立っていない、と言う見方をすれば良さそうですね。
 はい。共同体で居るのは無理です。と言うよりも、その体験をした事が無いので、出来るかどうかも不明瞭、と言う。
ー御両親と弟さんの関係はどうでしたか。
 私は知りません。何しろ両者から分断されていたので。隔離状態に等しいですね。自分は不具合を振り撒く病原だと感じました。